(2008年4月26・27日 2人泊 @14,700円)
3部屋だけの宿である。
部屋数が少ないのと、たいへん人気があるので、予約が取りにくい宿である。
私は奥能登の自然と人々がとても好きになったので、母を連れて行きたかったのだ。
日本海の豊かな海の幸だけでなく、その土地で採れるものを、とてもいつくしんでいる人々がいることを感じてほしくて。
でもなかなか希望の日に予約できなかった。
そして何度か電話をして、やっと大型連休前に2泊取れたのであった。
能登空港から、乗合タクシーで宿の前に。
<郷土料理の宿>と謳っている。
私には一抹の不安があった。
郷土料理…
郷土料理、という言葉には、その土地の人々には感涙ものの味かもしれないが、
もしかするとバリバリどん詰まりの閉塞感に満ちた料理、というニュアンスを、私は感じたりする。
もの珍しいけど、私たちもう結構です…
という味のものだったりしたら、
ちょっとな~
しかしここのHPを観ると、ご主人は生まれた土地、能登の料理と食材にたいへん愛情をもっていらっしゃることがうかがえる。
外連のない外観だった。たいへん好感を持てた。
玄関のたたきは打ち水され、すがすがしかった。
廊下も飾り気なくすっきりとして、
庭のさりげない緑がよく見える、大きな窓が開いている。
入ってすぐにコンパクトな洗面台。
8畳1間。シャワートイレ、テレビ付き。
本日は天気がよくないため、露天は沸かさなかったとのことで、先客が内湯から出るまで
「もう少々お待ちください」と、ご主人がお茶菓子を持ってきてくださった。
20分ほどで「あきましたから、どうぞ」と地下に案内される。
この宿は温泉ではない。小ぢんまりした木造りの内湯は、母と2人、ゆっくり足を伸ばせる大きさ。
敷地内の海の見える露天は、ご主人とお仲間の手造り。そちらは明日に期待。
囲炉裏が3組ある食事処。
2泊とも、2人ずつ3組だった。どの部屋も8畳、と大きくないので、みなさんわりとお年を召したご夫婦のようである。
6時。まだ明るい海が、ガラス越しに見える。
炭火が熾き、こうばしいにおいが立ち込めていた。
ご主人考案の、魚介類とご飯を混ぜて焼いて食べる料理。
表面に能登のイシルという魚醤を塗ってあり、ご飯のおいしさ、魚介類のおいしさが一段と増す。
小腹がすいたときに、こんなおやつを食べたいものだ。
日本海のお魚たち。見るからにおいしそ~
向かいに座った母も思わず
「あら~ おいしそうねえ~」とにっこり。
荒波でもまれたサザエは、ごつごつしたトゲトゲが。
宝石のようにまばゆく煌めくサヨリ。
能登のトウガラシをちょっと付けて。
サヨリの甘みがトウガラシの刺激で、たいへん引き立つ。
炭火でほどよく焼けた鯵。
箸を入れると、身がポロッと大きくはがれる。
ヒラメのお刺身。縁側付き。
その締まったひとひらを口に入れると、ヒンヤリと、淡泊でいながら力強い滋味が広がっていく。
イカの赤ちゃん。
すみませんね、いただきま~す!
市場に出回らないし、そしてめったに入らないという本マグロの心臓。
能登の塩を付けて。
左党は涙を流すでしょうね~
私は酒飲みではないが、今晩はおいしい日本酒2合、いただきます!!
イシルの貝焼き。
イシルもいろいろな種類があって、イワシで作るとかなりくせがある。
そして作る人によっても味が違う。
当然ながら、このイシルはここの自家製。うまみに満ちている。
ダシのきいた葛餡の中にお魚と塩漬けの桜、百合根。
ああ… このお魚は何だったのかしらね?
桜と… そう、鯛!鯛よ!! 鯛!! 春の味わい。
こうやっていま写真を見ると、その味を思いだしてまた食べたくなる~!
お嬢さんが2人いらっしゃって、お一人は外国の方と結婚して近くにレストランを出し、もう一人のお嬢さんはパティシエとなられてケーキを焼いていらっしゃるんですって。
デザートは、そのお嬢さんが作ったブルーベリーのタルト。
朝食もこうばしい香りで始まった。
たっぷりとした大きな輪島塗りの汁椀。
その柔らかな口当たり、手に持つとしっくりと肌になじむ温かさが、おいしい潮汁をよりおいしく感じさせる。
ご飯が何杯でもすすむ、こんかイワシ。
コーヒーをいただきながらご主人とお話。
温泉がお好きで、あちこち行かれているそう。
「お料理自慢の宿は2泊目が楽しみなんです。定番からはずれたところに、お料理の特色が出るので」
と言ったら、
「いや~ プレッシャー感じるな~」と笑っておられた。
あとで母に
「あんなこと言って!」とたしなめられたが、だっておおむねそうなんだもん。
絶対2泊目のほうが驚きと感動がある。
本日はとてもいいお天気で、観光タクシーで能登半島の北のほうに。
3時間ほど回ってもらって帰ってくると午後3時。
「今日は露天を沸かしましたから」と、ご主人から嬉しい言葉が。
母屋から下のほうに広がる庭のはしに造られた湯小屋に、ご主人に案内されて歩いていく。
「あ!」
突然ご主人が海のかなたを指さし
「珍しいなあ、立山連峰が見えますよ! 露天に入りながら見られるなんて、あんまりないです。
ラッキーですね!」
あ~ ラッキーなんだ。
木のふたを取って入る。
お湯加減もちょうど良く、おだやかな海を眺めながら、
「気持ちいいね~ 今晩のためにおなかすかせなきゃね~」
暑からず寒からず、虫もいないし、小さな湾をめぐる潮騒の音を聞きながら、
2人で「命の洗濯~~」 (洗濯しすぎかも…… いいじゃないの~ 一度の人生!)
「ねえ、どれが立山?」 「うーん、あの辺?」
「あのあたりだよ、きっと。ラッキー!」 「そうね、うっすらしてるあの辺ね、ラッキー!」
見えてんだか、見えてないんだか…
食事処の前にある板の間には、いろいろな食材が干されていた。
自家製の鰹節。
ここで採れたゼンマイや蕨、そしてイワシ。
海藻、シイタケ、柿の皮。柿の皮は漬物の甘みを出すために使われるのだそうだ。
トウガラシ、お餅。
2泊目の夕食。
白藤酒造のむろか生原酒、パワフルでいて繊細。
あ、ちょっと間違えたかも… 食事の後半に持ってくるんだった…
ここのお料理は、日本酒を料理に合わせて選ぶ愉しみを持たせるが、
それだけに間違えるとすごく悔しい!
しかし、コノワタなんかにはすごく合う。
私はコノワタ好みではないが、強めの日本酒ととてもよく合うものであると思った。
本日鳥つくね鍋。
マグロのヅケ。
ここで昨日飲んでおいしかった日本酒「谷泉」をお願いする。
能登のお酒はいつくしみ大事に作られたお米からできているのがよくわかる。
そしてこまやかな味と香りの、繊細なお酒が多い気がする。
しかしむろか生原酒ともなると度数も高く男性的で芯がしっかり通っている味なので、そっちを初めに飲んでしまって、ここから軽やかなお酒になるってのは… それでもいいんだけど、うーん、次に来るときはこの逆ね。うーん…
と、ちょっと選択ミスで未練たっぷり。
イワシのおから寿司。
こういう料理にこそ奥能登のスピリッツを感じる。
新鮮な小さなイワシをおからにのせて、そっと握る。
少量のおから、1匹のイワシ、その値段とはかけはなれた、なんと豊かな味わい。
私たちのところだけ、お料理が違う。
ご主人が「天ぷらは… あまり出したくなかったんだけど」と呟きながら。
わかるわ~ その気持ち! 天ぷらは料理ではないから… と付け加えたかったのでしょう。
プレッシャー与えちゃったかもね~。
でもとてもおいしい、採れたての山菜の天ぷらでした!
クジラの尾の身。ここで獲れたクジラだそうです。
あ~ これ何のお刺身だったかな~ カワハギかな~ 違うかな~
しっかりした歯ごたえ、味も思い出すんだけど。
名前は忘れた~ うまかったわ~
いいおだしの鍋はお吸い物代わり。
この日のデザートはチーズケーキでした。
夜、私としては珍しくほろ酔い気分で露天に。
庭に誘導灯とかあるのかしらん?と思いつつ、真っ暗な中を、ちょっと足元が不安になって、持っていた携帯のライトでなんとかたどり着く。
潮の香りも爽やかに、闇の向こうの灯りとサラウンドに響く波の音を聞く至福の境地で。
とろりーん。
突然塀の向こうから
「大丈夫ですか? 言ってくれれば懐中電灯を渡したのに」とご主人に声をかけられ、たまげる。
「あ~ すみません、どこにいらっしゃるのかわからなくて。でも携帯の明かりで来られましたから」
「懐中電灯、外に置いておきますから、帰りに使ってください」
心配して持ってきてくれたのだった。
焼きたての春告げ魚、鰆からは脂がしたたる。
女将さんが
「さっき裏で採ってきたばかりです」というお浸しの上に、窓際で干された鰹節がかかっている。
その薄いクリームがかったピンクの鰹節が輝く。 その小さな断片が、輝く。
そんな朝の炉端。
宿の上の畑では、青々と野菜たちが育ち、遠くで田んぼの準備が始まっていた。
もうじき田植えだ。
水を張り、準備の整った水田に、やがて丹念に稲が植えられていくのだ。
この水鏡は、奥能登の澄んだ心のようだった。
あの宿には、海からの風が部屋や廊下を爽やかに吹き抜け、窓から通り抜けていく。
宿のご夫婦が作る料理は、風通しの悪い、矮小な<郷土愛>でできた料理ではなくて、もっと生き生きとした<大地と海とをいとおしむ人たち>の料理だった。
だから飛行機で東京から出かけて来た母や私も、心からおいしいと喜べる。
それは2人のお嬢さんのグローバルな感性が、宿のご夫婦にも反映されているからなのだろうか…
そこまで考えて、ああ、違うな、逆だな、と。
グローバルな感性をもつご両親だからこそ、お嬢さんたちもそうなったのだろう。
急な坂を下りていくと、10分も歩かないうちに海に出る。
そこはもう、穏やかに寄せては返す波の、日本海なのだった。
帰ってしばらくして、母から電話があった。
そのとき出られなかったので後ほどかけたら
「ああ、テレビにあのご夫婦が出ていたのよ、とっても懐かしくてね。で、観てるかな?と思ってかけたのよ」
「あら、そうだったの。いい宿だったね」
「そうね。また行きたい宿ね、懐かしいわ」
そういうことで電話などしてこない母なので、ちょっと驚いた。
母にとっても、いろいろ印象深い宿だったのだろう。
powered by Quick Homepage Maker 4.15
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM