(2009年7月12・13日 1人泊 @10,650円)
福島は暑い。
駅前のバスターミナルは、曇っていて日差しがなくてもムワッとしていた。
それでも今日は30度を超えていないのでましなほうかもしれない。
朝起きて、立ち上がった瞬間、吐き気がした。 お! 偏頭痛。
いままで温泉に行く日にはなかったことで、急いで薬を飲んでなんとか収めた。
時に強烈な吐き気を伴う。
脳の血管が、緊張がとけて弛緩して起きる現象なので、血管を収縮させるためにコーヒーと煙草は必需品なのである。朝起きて煙草&コーヒーでなんとかなったりもするのだ。
福島の駅ビルは喫茶店もすべて禁煙のようなので、重い頭を動かさないように、そーっとそーっと歩いて駅前の商店街に向かう。
べつに“ドトール”でなくてもよかったんだけど… 東京と同じだし。
しかし他に探すのも面倒なので。
とりあえず、頭痛もちょっと落ち着く。薬も効いてきた。
バスターミナルから土湯行きのバスに乗る。
日曜の午後、人影もまばらな土湯温泉。
バス停前の観光案内所で不動湯温泉までの地図を貰う。
温泉街のはずれまで歩いて行き…
ゆっくりと坂を登り始める。
舗装された道路の脇に看板があり、不動湯に向かう細い山道が見えた。
さあ、ここから30分。虫よけスプレーをふりまき、出発。
深い緑の道、楽しみである。
つづら折りに登る道は私のほかには誰もおらず、時々下の道路を通る車の音もしだいに小さくなっていって、勾配は大平温泉ほどではなく、お風呂が待っていると思うと、汗がしたたってくることさえなんだかウキウキするのである。
登りが緩やかになったあたりに、目印が。
このあたりで半分くらいかな。
細い道ではあるが、きちんと手入れされている。
杉の葉のフカフカした感触が、靴の裏から伝わってくる。
この道のありようが、宿に向かって歩くトキメキを与えてくれる。
汗が顔中流れるころ、赤い橋が見えてきた。
川はコンクリートの堰で固められ、小さな滝のように数段落ちて流れていく。
橋を渡るともうすぐかな?
と思うのだが、まだまだ宿は見えてこない。
駐車場の脇の階段を降りていく。
山道を歩くのでなく、車で来る場合は迂回してこの駐車場に着く道路がある。
歩きだしてからちょうど30分で到着。
しかし汗まみれになって宿に到着するのは、いいものだと思った。
ご主人に案内されて2階のお部屋に。
6畳、窓際に3畳ほどの椅子・テーブルのスペース、多分使わないだろうけれど炬燵、ちゃんと映るテレビ、カラの冷蔵庫。
窓の外。
こちらは玄関とは反対側、下にお風呂がある側で、やはりコンクリートで作られた上流の堰から
水が細くジャボジャボと流れ落ちるのが見える。
洗面台。山の冷たくて新鮮な、おいしい水が出た。
何カ所かあるトイレも水洗。
簡素な造りだけれど、100年の時の流れはこの宿をくすませてはいない。
よく手入れされていた。
いまの私の気分は、荒廃した感じを見たくないのである。
すさんだ感じだったらいやだなという危惧は杞憂に終わった。
こんなふうに手入れされ安らぎを感じられる宿だったので、私はとても嬉しかった。
ひと息ついて、お風呂に~
この宿は女性用のお風呂が2カ所あるが、それ以外は混浴なのである。
階段は100段ほどかな?もっとあるかな? そんなに大変ではない。
露天へはサンダルに履き替えていく。
ここにスリッパがなければ、誰もいないということ。
この出口の手前には、木造りの内湯と婦人風呂が、廊下を挟んで並んである。
しかし、露天露天~
自然にカーブした木々を手すりにしてあって、とてもいい感じ。
けっこう下る。
サンダルに履き替えるときスリッパがなかったので誰もいないと思ったのだが、
湯小屋から男性の声が聞こえてきた!
うーん… 日帰り入浴客がスリッパを履かないで入ってきたのだ…
どうしようかな~ 内湯に入っていようかな~
そしたらラッキーなことに、ちょうど上がるとこだったらしく2人出てきたので、また次の人が来ないうちに~と、あせって入る。
あり?? かけ流しじゃない…
溢れていないの…
えー!! お湯が少ないの。縁から15センチくらい下がっている。
私は中から噴き出しているお湯のあたりに手をやり、まさか…
循環… じゃないよね…
それはともかく、
まぎれもなくいま硫黄の香りがふっと鼻をかすめ、
ここのところのつらかった仕事の時間を思い出し、毛穴から疲れが流れていくような気持ちになり、夢じゃないわよね、と五感を総動員してお湯と景色とにおいを思わず確かめた。
そしてお湯の温かさに涙が出そうになったのであった。
白い湯の花がホワホワと舞う、硫黄泉だった。
どうやら本日日帰り客が多く、カランがないため風呂のお湯を掛け湯するので、湯船のお湯がどんどん減ってしまうようであった。
土日は例のETCで安くなるから、車で日帰り温泉にでも行くかって人が多いのね。
カップルが来たので露天はさっさと譲って新しく造ったという婦人風呂に。
この小さな風呂に見ず知らずのカップルと一緒に入るのは、ちょっと耐えられません。
木の香りがする、小さなお風呂。
1人でちょうどいい。
ここだけカランとシャワーがある。
お湯の量は多くないけれど、縁から溢れていくのはやっぱりとてもいい。
たいへんすっきりして階段を上がる。
1階にある婦人風呂ものぞく。
ひっそり、ここはお湯がたっぷりあった。
しかし立て続けには入れないので後ほど。
部屋には3畳ほどの次の間があって、布団部屋になっていた。
夕ご飯。6時に部屋に持ってきてくれる。
私は鯉好きではないが、この洗いはとても新鮮でおいしい鯉だと思った。
背の高い大らかな男性の従業員の方が配膳してくれたので
「とてもおいしい鯉だと思います」と言ったら
「玄関前のいけすでさっきまで泳いでいたのを捌いたから、新鮮なんでしょう」
(なむあみだぶつ…)
牛肉の陶板焼きもお野菜たっぷり、お肉も大きく、食べでがあった。
お膳には熱いお澄ましが付いていたが、最後にご飯と鯉こくが出て、この鯉は中骨の部分で細かい骨がなく、とても食べやすかった。
洗練されてはいないけれど、山のもてなしの気持ちが伝わってきて、お米もおいしく、十分満足のお食事だった。
おなかがくちくなったので、寝る前に階段を降りる手前の、岩のお風呂に。
ここは炭酸鉄泉。
みんな考えることは同じだから、階段を使わなくていいこのお風呂に入るようで
かなりお湯が減っていた。
でも冷たい空気が窓から入ってくる静かなお風呂場。ぬるめのお湯にたぷっと1人でいつまでも浸れる喜び。
明かりを消し布団に横になると、裏のコンクリートの堰を落ちるジャボジャボという水音が、私のマンションの上から流される洗濯機の排水音そっくりですごく気になる。
この固められた人工物の上を通る水音は小さくても、私にとってとても不愉快なもので、こんな素晴らしい自然の中にいるのになぜこの不自然な音を聞かねばならないのかイライラした。
ときとして激しい波の音や川音、雨の音、木造の家の廊下を通る足音が聞こえる古い宿に泊まり、
そういった音はいっこうに気にならないのだが。
ジャボジャボのほかに、遠くで何か動物の鳴き声がする。
それに応えるように別の甲高い鳴き声が聞こえる。
ギシッとかいう木の軋みがどこからか唐突に聞こえる。
お湯を揚げるポンプが ブオーン ブーン ドンドコドンドコ ブオーンと宿を揺らす。
それ以外にも闇の中でたくさんの何かがザワザワとする気配がある。
あったまにきた私は起き上がって電気をつけ、布団に正座して
「あのね!! 静かにしてちょうだい!!」
それでかなりすっきりしたけれど、明日は部屋を変えてもらおう。
朝ご飯。
シンプルで、私にはちょうど良い。
おいしく頂いた。
そして部屋を変えてもらうことに。
女将さんが
「わたしらは慣れているけれど、都会の人は神経質だから自然の音が気になるのかね?」と言いながら
(違うんだってば~ 自然の音じゃないから気になるんだよ~ と言いたかったが… 神経質な都会人にされてしまった… )
「お二人様用の部屋なんだけど、あいてないから今回特別に」
ということで玄関上のお部屋に変えてくれた。
ほら、いいでしょ~ こっちのほうが~ やっぱり言ってみるものだ。神経質な都会人でもいいや。
この部屋だけ入口の襖が網戸になっていて、気持ちよく風が通っていく。
窓からの景色もとてもいいのだ。
あ、もちろんお部屋に鍵はありません。
次回は高くても「玄関側のお部屋」を指定せねば。
今日は月曜なので日帰りは少ないんじゃないかな?
とりあえず朝の露天に。
昨夜配膳してくれた男性がこの長い階段のぞうきんがけをしていた。
もう1人女性の従業員の方がいるが、宿のメンテナンスやお掃除は彼の仕事らしい。
しばらく立ち話をして、
「今日は人も少ないし、ゆっくり入れますよ。いまだれもいません」
という露天に。
昨日は気づかなかったが…
あら、こんな可愛い細工がしてあった。
手すりにしている木のウロを植木鉢代わりに、小さな植物が何本も植えてある。
突然日が差したり、一転して雨が降ってきたり、目まぐるしく変わる風景に中で、
目の前の細い流れの音を聞きながらのんびりと独占。
ハラリと、こんなものがお湯の上に落ちてくる。
小さな湯船に、本日はお湯もたっぷり。
さきほどの男性の従業員の方とまたお話。
露天に向かう階段の木の手すりは、先日彼が作ったんだそうだ。
「あれ、いい感じですね。露天の前の手すりの小さな植木も、可愛いですね」
と言うと
「根付くかどうかわからないですけどね」と穏やかに笑った。
彼はここでの労働を楽しんでいるのだ。
だからこの宿はすみずみまで生きているのである。
日々の食いぶちを稼ぐために仕事をする私が忘れていること、である。
散歩に行こうと思っていたが、天気が不安定でお外むきではない。
篠突く雨が降り、久しぶりに屋根を叩く雨音を聞いた。
こんな日はお風呂三昧。
露天の手前の泉質が違う内湯に。
この宿のお風呂はどこもすべて床と同一面、下に掘ってある風呂なので、それがとてもいいのである。
入ったときの視線がしっとり落ち着く。
ここも混浴だけど、宿泊の男性は私が入っているのがガラス越しに分かると、遠慮してほかのお風呂に行ってくれる。
写真右の大きな湯船はやや熱め、左の小さな湯船はぬるめで、私のお気に入り。
お湯は単純泉とあるが、湯の花がたくさん舞う、優しいお湯である。
そしてどの風呂場の端にも、清水が流れてたくさん貯められている。
冷たくておいしい水である。
その清水の溜まりを横目で眺めながら…
すっごくいいことを思いついた!!
桶で清水をすくって、体にかける! たぶん10℃前後。
最初はキャーーーッ となるが、かまわずかける。
ううーっ…
うううっ…
たっぷりかけてお風呂に入る。
か・い・か・ん・よ~~~ 体中がチリチリとなり、そしてふわ~っとなってしばらくしたら、
上がってまたかける。
清水の溜まりがそうとう減ってしまったが、これの苦情はないだろう、水はどんどん出てるし。
ああ~~~
鉄分でにび色に染まった風呂場で、幸せな溜息。
まだ明るい部屋で、夕食。
本日は鴨団子鍋のようであった。
私の知らないキノコが入っていて、おいしかった。
昨夜はお吸い物が付いていたが、今日はこの薄味のお汁がお吸い物代わり。
小粒のナメコもおいしい!
たぶん地のキクラゲと、ジュンサイの酢の物。
ジュンサイの小さな新芽の、一番贅沢なところだ。
ズンダと茄子のあえもの。甘くてデザートみたいな感じで初めて食べるものだった。
昨夜は鮎、本日は岩魚。
ごちそうさま!
混浴、ということで抵抗があったが、来てみたらほぼお風呂は独占であった。
一度だけ日帰りのおじさんが、ペットボトル持参で私が1人で入っていた岩風呂に入ってきたので退散したけど、それ以外はストレスなくお風呂満喫!
朝の婦人風呂も独占満喫!
いや~ 良かった! 安くてお風呂たくさんあってお湯もよくて自然がよくて~!!
帰り際見送ってくれた女将さんが、今日咲いた山百合を調べて叫んだ。
「まあ~! 山百合の球根を盗んでいった!」
え?
私が来たときは蕾だった山百合の花が、今朝開いたのだ。
不自然にかしいでいる百合を不審に思った女将さんが見に行くと、
2株の山百合の花を抜いて、下の球根だけ掘って盗んでいったらしい…
「こんな人目につく玄関の前で… いったいいつ掘り返したんだろう?」
憤慨している女将さんと、社長と、私は、顔を見合せて唖然とした。
「そこのお賽銭も盗んでいく人がいるの…」と女将さんはやりきれなさそうにおっしゃった。
まったくね、なんという世の中だ…
見送ってくれる2人に別れを告げて私は歩きだす。
<不動湯温泉>という名前だと思っていたら、請求書に<不動湯温泉 白雲荘>と判子が押してあった。
風もなく、涼しい朝の山道を歩いていると
カサリ という音がした。
静かにたたずむと、視線を感じる。私はその方向にカメラを向けシャッターを切った。
これがその写真。
わかりますか? なにがいるか…
私はしばらく分からなかった。でも視線を感じるあたりに目をこらすと!
ああ… かもしかさんだ!
さよならを言いに来てくれたらしい。
そして音もなく去っていった。
またテクテク歩き出す。
温泉街は饅頭屋も本日休業で、土産に買うものもなく、
だれもいない酒屋からは山百合のいい香りが流れてきた……
酒屋の犬に、さようなら。
土湯バス停前でバスを待つ。
3段のカスケードである。
このコンクリートで固めた川を、魚は行き来できない。
国は、山深い不動湯の上までもコンクリートで固めた川にしてしまった。
「治水事業」
神でもないのに <水 を 治める 事業> という、不埒な言葉であると思う。
その結果、いま日本の<水>と川は、いったいどうなったのか。
このカスケードは美しい。
そして生き物を寄せ付けない。
人間の思い上がりと欺瞞を載せて、
このカスケードとともに…
自然を破壊し、私腹を肥やすための、紙幣という名の印刷物も大量に流れていったに違いない。
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