屈斜路湖畔 三 香 温 泉

(2011年4月2・3日 1人泊 夕食付き@6,200円 )





東北の大震災のあとの被災地の映像は胸の痛くなるものばかりで、涙ぐむ日々が続く。
東京では余震と突然の物不足、そして計画停電の影響で電車の変則な運行、
おまけに福島原発の事故で日々放射能物質の測定値に振り回され、言葉にこそ出さねどみなストレスと疲弊感がある。

できるだけ日常を維持したいが、心がクラッシュしている。
いかんいかーん! これは立て直さねば!

行こうと思った宿は迷わずここ、飛行機のチケットを予約し、三香温泉に電話する。
そしてご主人の三上さんの声を聞き、ホッとしたのであった。
さあ、どこか壊れてしまった自分の精神の、健やかさを取り戻す旅に出よう。



釧路便の時間が変更になっていて、早朝たたなければならない。

夜中に雌のおばあちゃん猫が、激しく吐いているのが聞こえた。
どうしたんだろう… まあ、猫は毛玉をよく吐くから…

朝起きて、吐瀉物の始末をすると、粘液のなかにうっすらピンク色がかったものがあった。
血?
猫のトイレを点検すると、便もまた粘液状のものが見受けられた。

なにが起こった?
様子を窺うと、おばあちゃんは元気がない。
これは… キャンセルして動物病院に連れていくべきか…

そうこうするうちに新宿駅から出る羽田行きのリムジンバスには、もはや乗れない時間となった。
しかし、タクシーを使えばまだ十分にゆとりある時間である。



私はタバコに火をつけ、ソファに座って考えた。
2匹とも同じ餌を食べ同じ水を飲んでいて、雄は元気だ。
ということは水と餌のせいではない。

私は彼女を抱きあげ、おなかから下を触診して硬いものがあるか探った。
ぶにぶにしたお肉だけで、異物の感触はない。
ということは、何か誤飲して胃に滞留、もしくは腸閉塞の可能性はない。

2匹は毛玉のせいでそれぞれたまに吐く。

このおばあちゃん猫は雑種のくせに長毛種の毛で、かなり長い。
雄猫の3倍くらいの長さがあり、アンダーは密でこれまた雄の3倍くらいみっちりある。
毛玉か?

うっすら血のにじんだ吐瀉物が気になる。
が、内臓が傷ついたならおそらく鮮血、潰瘍性なら黒ずんだ血となるはずで、
うっすらピンク、というのは激しく吐いてどこかに少々傷ができたということではなかろうか。

なぜあんなに激しく?

毛玉の量が多いか、どこかにひっかかっている?
なぜいま?

ああ…  時は春。
冬毛が抜ける時期だ…



そして… そのとき気付いた。
あの地震のあと家に帰った時点で、猫たちはそうとう怯えていた。
その後も私は度々出かけなければならず、帰るとソファの下から出てこないこともあった。
猫は、ストレスを感じると毛づくろいをする。
私が家にいない間、落ち着くためにかなりの時間毛づくろいをしていたのではないだろうか。

彼女は元気はないが、ぐったりはしていない。
毛玉が胃に詰まって猫が死んだ、などとは聞いたことがない。
動物はおのずと我が身の不調を乗り切る本能を持っている。
私は2匹の猫を可愛がってはいるが<猫可愛がり>をしたことはない。
不調は自身で乗り切ってもらわねば。

よし! これは毛玉! 明日になれば回復する。




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どうやら、自分自身の判断の確かさを試される事態のようだ。

その結果は、当然引き受けなければならない。
結果次第では自分の生き方を変えねばならぬこともあろう。
キャンセルして延期したほうがよっぽど楽か…




が、自分の判断が、そんなに確信なくあやふやだとは思いたくない。
その判断を信じることができるか…    決心した。

出発!

出かける前に猫を見やり… 写真を撮った。
間違ってはいないはずだ。 しかしこれが見おさめということも… ないとはいえない。






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羽田に向かうタクシーの運ちゃんは、いたって朗らかだった。
(いや、朝からラッキー! 1万円コ~スの客だぜ~!)

飛行機は通常の海岸沿いではなく、山形・秋田を通り襟裳岬から北海道の海岸線に沿って、
帯広に向かう進路をとっていた。

ANAのアテンダントのおねーさんが
「この飛行機は福島空港に向かって降下を始めますと、気流の関係で揺れますのでシートベルトを…」

福島空港???

釧路空港の言い間違いだったらしい。
らしい、というのは、訂正がなかったからで、みんなどこかおかしくなっている。
もちろん抗議する人間もいない。



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風が強かったが、空港から市内に向かうバスからの眺めは雪がほとんどなくて、青空が深い色で日差しの強さを感じる。


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釧網線1両の列車には4人ほどの老人のグループと3人ほどの地元の人、土曜日だというのにリュックを背負った観光客は私だけのようだ。

春の気配を感じながら、たまに ピーッ と汽笛が響き
ある意味でのんびりと、そしてちょっと寂しい釧網線であった。


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私は釧路駅で牛乳を買おうとしたのだ。
駅のキオスクの棚にも、駅のはずれにあるよつば牛乳の自販機にも、牛乳は存在しなかった。
こういう風景を北海道で見るとは… なんとも残念であった。

私は駅から三上さんに電話して、弟子屈のスーパーでは牛乳が売られていることを確認し、スーパーに寄ってもらうことにした。
私はべつに牛乳はなくてもいい。けれど豊富に売られていることを、この目で見届けたい。





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摩周駅まで迎えに来てくださった車に乗ると、
三上さんが
「ちょっと水を汲みに寄ります」

このあたりは無料でおいしい湧水が汲める。
いつでもみんな汲みにきている。
おいしい水とおいしい空気。

北海道の貴重な財産だ。


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しかし、なにかただならぬ気配を感じる。
関東、東京にいる親戚や家族のSOSに応えるために、カラのペットボトルをたくさん車に積んで
汲みにきた人たちのようであった。

異変がここにも及んでいる。


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三上さんとも、どうしても災害と原発事故の不安の話になってしまう。

弟子屈のスーパーで便秘予防用牛乳ゲット。
物は十分にあり、当たり前のスーパーの風景で安心したのだった。



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本日は、2階の初めてのお部屋。

新妻ちゃんと来たときに車でオーロラファーム・ヴィレッジに送ってくれた<すーさん>ご夫婦と再会。
楽しくお話しできて、そしてありがたいことに憂鬱も晴れた。
1人だったら暗~くなっていたかもしれない。


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鳴き声がしたので窓辺に寄ると、白鳥が屈斜路湖のほうに群れて飛んでいった。

もうそろそろ、北に帰るのだろう。






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まだ溶けていない雪を分けて、小道は凍っている。

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脱衣所はさっきすーさんがストーブに薪をくべてくれていて、暖かかった。

薪がボンッ と大きな音をたてて燃え、パチパチとはぜた。

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ほとんど雪が消えた露天には風が吹きわたり、湯面にさざ波が立つ。

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ときどき木々の梢が大きく揺れて、その風の音に耳を澄ませると、
幾重にも吹き抜けていく風の軌跡、その通り道のはずれから、
カラスの鳴き声が小さく聞こえる、明るい夕暮れの時間だった。

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とても静かな穏やかな空間と時間。
生きていてこの時を過ごせることを、私はどうとらえていいのか当惑する。

あの津波も、このお湯の風景も、いずれも大きな自然の、ほんの一部分なのだ。





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本日の晩ご飯は、すーさん夫妻と、明日山スキーに行くという青年と、私と3組。
すりおろした山わさびをホタテのお刺身に付けて。
残りはお醤油をかけてご飯の上に。

ピリッとして香りよく、瓶詰と大違いの味だった。





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雪の上で気持ちよさそうに寝ているハスキー犬のデイブ。

起こさないようにそっと脇を通る。

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ご飯を食べて眠そうな、一段と小さな目になった柴犬キンタ。





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餌台を見ていたら、雪の中から野ネズミが~!

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どうやら凍った雪の下は、野ネズミの家族があちこちにトンネルを掘って通路にしているらしい。


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つぶらな黒いちっちゃな目で、こちらを窺う。

あっという間に穴に入ると、次の瞬間とんでもなく遠くから出てくる。
手のひらに載るくらいの大きさで、体長4㎝くらいの子ネズミも時々顔を出す。
不潔感がなく、可愛い。





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何種類もの鳥がやってくる。

見飽きない。

尾の裏からお尻のあたりに模様がある鳥もいて、そんなところの写真や絵は見たことないが、ここで見て初めて知った。

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朝ご飯は要らないので、お握りを1個作ってもらう。

三上さんが地元で評判のお蕎麦屋さんに連れていってくださる。

<出雲>というお蕎麦屋さんで、出雲蕎麦と関係があるのかと思ったが、そういうことではないらしい。
単にネーミングね。

私は鴨南のもりそば。そば、しっかりタイプでおいしい。


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三上さんは鴨南の温かいおそば。
ネギも焼いてあり、柚子も入っていてこちらもおいしいそうです。






       

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この痛々しい木は、皮を鹿に食べられてしまっているのだ。
このときも3~4頭ほどの鹿が、群がっていた。

いったん剥がされ始めた木は食べやすくなるので、鹿がその木に集中してしまうのだろう。
鹿もたいへんだろうが… この木は成長部分を剥ぎ取られて、枯れてしまいかねない。
いずれも厳しい現実である。





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美幌峠のレストハウスも、厳しい現実だった。


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2階の展望ルームは誰もおらず、ガラーンとしていた。


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外は雪がちらついて、真冬の景色。
はやく暖かくなって、観光客が戻ってくるといいね。  







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キンタくんと散歩。
とにかく彼は、この機会にマーク!
と、せっせとマーキング。

そんなにおしっこ出るわけないでしょ!


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回数を重ねるとさすがにおしっこは出ないんだけど、形だけでもやらないと絶対気が済まないらしい。

早足で彼と歩いているうちに、そのままなんとなく私はジョギングしていた。
キンタも一緒に少しスピードをあげた。一緒に走るのは楽しかった。

いったい何年ぶりだろう? 私が駆けるのは。
東京では信号が変わるとき以外は、意地でも走りたくないのである。

この自然のただなかゆえに走りたくなるのだと、痛感した。





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風が通っていく音が聞こえる。
様々な鳥が啼く。いったいここには人間以外、どれほどの生きものたちがいるのだろう?


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小さな昆虫たち、それを餌とする小鳥たち、その小鳥を餌とする猛禽類、
狐たち、リス、鹿、熊、魚たち、
湖や川や牧場や人家のそばで、荒野で

おそらく気が遠くなるほどのたくさんの命が、存在しているのだ。



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野ネズミが歩く。







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今日は1人なので、夕食、控えめにお願いした。

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控えめとはいえ、お鍋は海鮮でいっぱいだった。


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残さずおいしくいただけて、嬉しかった。







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「体の不自由な妻の手を、放してしまったんです」

老人が津波で行方不明の奥さんの話を、小声で感情を抑えて話す。

「逃げようと、手を引いて、波が来て私はその手を放してしまったんです」

瓦礫の中を探していた。

「娘の手を放しちゃったんです。あのときもっと強く握っていたら。でも、私、放しちゃったんです」
母は涙で自分を責める。
「私、放しちゃったんです、娘の手を」

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3000t の力で押し寄せた波が、いとしい人をもぎ取っていった。
握ったその手の感触や、一瞬にしてわが手から離れていくその指、その情景を、
「私が放してしまった手」の記憶として自分を責め続け、生きている間責め続けてしまうのかと…

あまりにもつらい。ほんとうにつらい。

自分が生きていることを罪悪のようにどうぞ思わないでください。
あなたのせいでは、絶対にないのだから。

どんなカウンセリングも、どんな心理療法もヒーリングも、無力に感じる。

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長い間私自身はつらい時間を過ごしたが、そこには信仰や宗教を考えるベクトルはなかった。

いま、そんな自分と、対峙せざるを得ない。

宗教、信仰のもつ力とはなんだろうかと、改めて考えていた時間であった。







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昨日のさらさらした雪が、うっすらと積もっていた。

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犬小屋で寝ないキンタくん。

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メルちゃんにちょっかいだしたらシャッと鋭い爪で引っ掻かれ、
うちの2匹はいつでもパッツンパッツンに短く切ってあるので、そうそうこれが猫のワイルドな爪。

思わず苦笑。

そして、うちのおばあちゃん猫、元気だろうか…
が、うち消す。もちろん元気でいるはず。






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東京とは別世界のような、色合いも空気も違う時間が流れていった。
三上さん一家と、たくさんの動物たちに癒された時間だった。










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帰りもまた車であちこち連れていってくださった。
お忙しいのに、こまやかに気遣ってくださって、とてもありがたかった。

ここをなんとか乗り切って、家でじっと考えないようにしよう。

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屈斜路湖畔の砂湯。

いつも人が多いところなのに、今日は白鳥のほうが多い。
土産物屋も1軒しかあいていない。

中国からの観光客は皆無だ。


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日本はどうなっていくのか。

いずれにしても私たちは、まだ生きていかなくてはならない。

子供たちが安全にのびのびと育つ国にしていかなければ。その決意の年でもあるのだ。





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硫黄山の駐車場には車が停まっていなかった。


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あとで何台か停まったが、土産物店に入るのが気が引けるほどである。

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土産物屋には客も店員もほとんどいない。

中国からの観光客の売り上げが、7割を占めるんだそうだ。
これからどうなっていくんだろうか。

みんな溜め息である。





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私は何か買ってあげたいのだが、適当なものがなく、困った。
挙句の果てに
「この狐の襟巻を買って、うちの壁に吊るすか…」という考えがよぎり、
かなり奇妙な光景になることを想像して止めたのだった。





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斜里岳が、純白に輝いていた。
美しい山だ。





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帰りの釧網線は乗客が2人。
途中で高校生が2人乗っては降り、また2人乗っては降り。
標茶で3人ほど乗ってきて、ちょっと安心した。

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湿原は来る時よりも一段と雪が溶け、ヤチボウズがモコモコ丸い頭を出していた。

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家に着くと、おばあちゃん猫はいたって元気だった。

下痢とともに毛玉も出ていったようである。

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下痢で汚れたお尻をお湯で拭くために抱き上げると、文句も言わず素直に引っ張り上げられ、
おとなしくお尻を拭かれていた。








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東京では、桜が五分咲きになった。

来年もこんな風景が見られることを、切に願う。












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