(2009年7月18・19日 1人泊 @12,500円)
中央本線・韮崎駅から、夏だけバスが走り、夏だけ営業する登山者のための宿である。
沸かした鉱泉に入ってのんびり、そして山の空気をたっぷり吸える、
いつか行きたいと思っていたのだ。
仕事の合間に2日間、どこに行こうか考えてこの宿を思いだし、
調べてみるとちょうどその日からバスが運行されることが分かった。
衛星電話をかけてみると、まず
「登山ですか?」
「いいえ、温泉です」 ここの鉱泉目当てで泊まる人はいないらしく、ちょっと当惑感のある声。
それでは、と女将さんに代わり
「山に登られる?」
「いーえ、温泉、温泉」
登山客は1人だと相部屋が当たり前のようだが、
温泉、温泉、と連呼したおかげで
「そうですか、それでしたら個室をご用意しましょう」と言っていただき、
「2500円高くなってしまいますが…」
「あ、ぜ~んぜんかまいません」
韮崎駅でバスを待つ間に近辺を散歩。やけに煙が上がっている家があったので行ってみると…
うわ~ うまそ~!! ここでは焼いているだけで、食べられないそうで、ちょっとよだれが…
国産ですって。巨大!! 土用の丑の日のために、どこかにおろすのか、せっせと焼いていた。
煙だけごちそうさま。
鳥居の下にバス停が。御座石経由、青木鉱泉行き。
バスというより大型のバンで、青木鉱泉まで1500円プラス、荷物代200円という料金設定。
荷物代は、大きなデイパックの客も、子ども用8リットルのリュックの私も、一律であった。
舗装の道が終わるとお尻が痛くなるようなガタガタの砂利道となり、舗装がまたあって、またダート。の繰り返し。
しかし緑のトンネルはどんどん深くなり、嬉しくなる。
ところどころ、落石の危険がありそう。
私は登山にはてんで興味がなくて、この世界のことは皆目知らないのだが
青木鉱泉の鉱泉に入らんがためにこの界隈を調べていたら、山岳界もご多分にもれずめんどうなものがあるらしいことがわかった。
御座石温泉。同乗の男性2人はここで降りていった。ここも鉱泉がある。
なんでも山梨の山岳界で有名な兄弟姉妹が、この宿と上の山小屋を経営しているらしい。
御座石を回るために少々時間がかかり、少し戻って今度は終点の青木鉱泉入口。
韮崎から1時間弱。
1人で降りていく私があまりに軽装なので、バスの運転手が
「宿の手伝いに行くの?」
「え? 温泉に入りに」
「あ~ 温泉か~ 親戚が宿の手伝いに行くのかと思ったよ」 だって。
「テレビ観たの?」って言うから
「テレビ観てない」って言ったら
「去年テレビの温泉番組で放送されてさ、それから来る人が増えたんだ」とのことである。
木陰のひんやり感を味わいながら、ゆっくり登る。
広々とひらけた空間の中に、明治時代の様式で建てられた、美しい建物だった。
この母屋のほかに、敷地内にロッジがある。
玄関はなく、すぐに大きな土間。
宿泊客だけでなく、お蕎麦や軽食のメニューもあって、
ここを登山の基地にして食事をし、お風呂に入れる。
外のあずま屋に自販機や水道の施設があり、宿でお金を使わなくても休むことができるようになっていた。
みんな南アルプスの鳳凰三山を目指すんだそうだ。
鳳凰山というのがあるわけではない。山の連らなりね。
男性の従業員の方が
「では、お部屋は2階ですから」と、案内してくださる。
きれいに磨かれた廊下は気持ちよい。
風呂が気になる私は
「あの、どっちのお風呂が…女湯ですか? 大きいほう?小さいほう?」
「女湯は、大きいほうです」
「入れ替わるんですね?」と聞いたら
彼は声をひそめて
「内緒ですよ、ずーっと大きいほうが女湯です。入れ替えなしです」
私も声をひそめて
(? 周りに誰もいないんですけどね )
「えぇ~! ホントですか~?!よかった!!」
思わず美しくニッコリ。(と自分で思っている)
だってここの風呂は、大・小あって、小さいのは大きいほうの半分くらいの大きさらしいの。
洗面・トイレは突き当たり。トイレは和式の水洗。質素できれい。
6畳のお部屋。布団は自分で敷く。
3組の布団があったから、最大3人泊まるということ。
必要最小限のもの、すっきり。
鍵なし。テレビなし。
クラシックで美しい硝子障子を開けると、おい茂った木々が連なる山々が望め
涼しい空気が満ちていた。
木々の、香ばしいにおいがする。
ハンドタオルと歯ブラシ。
小さなお湯のポットとお茶セット。
ふと思い付いて、このお湯を飲んでみた。
おいし~い!
冷たい水は当然おいしいだろうと思ったが、この白湯のおいしさは、何というのだろうか…
私の中で <お湯の味> の究極の指標となった。
板張りの引き戸の中に寝具がきちんとたたまれている。
布団はもちろん自分で敷く。
廊下の窓から望む裏側の景色。
でこぼこした土の土間。
本日は大勢の客が来るようで、食事時にはいっぱいになるようである。
お風呂は本館の裏手にある。
はね上げた板は下ろして風呂に行く通路として使うが、私はそのままにしてまたいで通った。
左は本館厨房裏、右の建物が湯小屋。
お風呂入り口。
右、入れ替えなしの小さいお風呂がかわいそーな男性用。
左、ラッキーな女性用の大きな風呂。
すっきりとした木張りの脱衣所。
この内湯1カ所のみ。
お湯は沸かし、循環の鉄泉。無色透明、味はほとんどなし。飲んだとき喉越しに、ごくごくわずかな酸味。
ぬるめ。
だれもいないので、ひろびろとした湯船で、気持ちよ~く漂えた。
お湯のインパクトはなく、窓の外の景色がいいわけでもなく、
お湯が湯船の中から入れられているので落ちる音はせず溢れることもないし、
温泉を期待する人向きではない。
しかし肌への負担はなく、ユラユラしていると汗が出てきて、静かな山のこの鉱泉に私はいたく満足したのだった。
湯小屋にある洗面台から出る冷たい清水でほてった顔を洗うと、なんともスッキリ爽とやかだった。
水はたいへんおいしく、そういえばこの辺の水はたくさんの企業がペットボトルにして売っている。
う~ん!
余計なものが何もないのが…
すごくいい。
いい!!
夕食は5時半です、と言われていたのだが、土間に5時半に行くと配膳もできておらず
「できたらお呼びしますので」と言われた。
サンダルでブラブラと散歩。
そうしたら、下の道からタクシーがすごい勢いで上がってきた。
1台、2台… 3台、4台…
ええーっ! 5台!!
そしてそのあとに大型のバンが1台…
大きなバッグを持ってみなゾロゾロと宿に入っていくのを、あっけに取られて私は見ていた。
宿の前の広場に人と車とが溢れ、ちょっとした騒ぎになっている。
どうやら、彼らの到着を待つために、夕食が遅れたらしい。
しばらくしてタクシーとバンが帰り始めた。
1台、2台、3台… タイヤを軋ませて、4台、5台、バン…
ふ~ん。
最近の登山って、こうなんだ。
6時20分くらいにトントン階段を上がる音がして
「お食事の支度ができました~」と
部屋に呼びに来てくれた。
おなかすいたよ~~
フキ、山クラゲ、野沢菜、何かの胡麻和え。
どーんと盛られている
シイタケをかまぼこみたいなもので巻いたもの。など。
煮物はタケノコ、シイタケ、ニンジンなど。
ご飯は自分でよそう。かなり柔らかいご飯だった。ちょっと失敗?
お味噌汁は冬瓜が入っていた。
斑点のある魚、ヤマメの塩焼き。
胡瓜と長芋、ワカメの梅和えみたいなものは、ちょっと味付けにくせがあり、
普通の酢の物だったらよかったな~。
飲み物はテーブルにある紙に書いて注文する。
タクシー乗りつけ団体さんは
「ビールくださ~い」と叫んで「紙に書いて注文を!」と言われている。
この団体さんはけっこう賑やかで、関西弁でまくしたて、ビールもジャンジャン注文し、
私の前で1人でワインを飲みながら食べていた山男っぽいお兄さんは、
背後からどっと笑い声が響いたりすると、時々振り返ってそちらに鋭い視線を送っていた。
初老のカップルも多く、6対4くらいで男性が多いから、風呂は女性優遇ね。
山小屋とか登山宿に泊まったことのない私は、いろいろ面白いことが多くて、鑑賞しながら楽しくいただいた。
山登りをする人ってなんとなく寡黙、というイメージがあったのだが、ぜんぜんそんなことはなかった。
みんな温泉目当てではないので、食直後はあいているのでは?と思って土間から風呂場に直行。
案の定、だれもいな~い!
しかし男湯からは声が聞こえる。
ため息ついても聞こえるくらい音は筒抜け。
3人の青年らしき会話も、聞きたくなくても丸聞こえ。
そのなかの1人の声と話しぶりが私の知り合いとそっくりだったので、
「あ、XXさんとそっくりだ」と思いながら聞くともなく聞いていた。
「いや~悪かったね、心配かけて」
「そんなことないよ、この宿があいていて良かったね」
「うん、さっきはさ、心臓バクバクでさ、倒れるかと思ったよ」
どうやら1人が具合が悪くなり、急きょこの宿に泊まることにしたらしい。
「冷汗出てきてさ~ この間登ったつくばさんよりきついね」
「そうだね」
うぷっ!! と溺れかけるわたくし!
(つ!く!ば!さ!ん! えー? 聞き違い??)
「つくばさんはすんなり行けたね」
(や…やっぱり筑波山?? あそこ遠足で行く山じゃなかったっけ? 私は登山は無知だけど、筑波山の次に登る山としては、鳳凰三山を選択することは不適当ではなかろうか… )
ザブザブと音がして、3人ともリラックスしてきたらしく
「あ~ 気持ちいいね」
「ほんとにね~」
「しかし、高山病は怖いね~」
(え? 高山病? )
「うん、死ぬこともあるみたいだぜ」
「注意しような!」
「うん、きつかったよ」
(えーーー! この辺の山、2000メートルとしても、山頂に行ってないようだから、高度1000メートル台で… 高山病??)
わたくし目を2個お湯の中に落とし、探すのがたいへんでしたわ~ (じょーだんよ、じょーだん!)
筑波山… 高山病… うーん。
この会話がいまの登山者の現実だとすると、ちょっと最近の登山って、怖いものありませんか~?
昨夜の団体さんは夕食後も酒盛りがつづき、私の部屋は土間の上なのでかなり騒音が響いてきた。
私が泊まる温泉宿は宴会がないし、そして団体なしの宿ばかりなので、こういった宴会を目撃するのは久しぶりである。
いったいいつまでやるのかな?と思っていたら、8時半には終わったようだ。
風呂が9時までなのと、翌朝早いから、切り上げたのね。 風呂は朝7時から夜9時まで。
朝食も土間で7時半から。
アジのひらき、クルミと小魚の佃煮、おっきな花豆、切干大根など。
団体さんは弁当を作ってもらって、1列縦隊で雨の中をゾロゾロと出発していったのである。
私だったら、逆だな~ 晴れているときにここまで歩いてきて、雨が降ったらタクシーで帰る。
ご飯はかなり柔らかい。
どうやら昨夜も失敗でなく、この宿はこういう柔らかなご飯のようである。
たっぷりの大根おろしの中に竹輪が入っていて、お酢入りで酸っぱい。
健康にはいいのかもしれないが、普通の大根おろしにお醤油をかけるほうが好き。
登山客がすべて去って、本当に静かな館内と、お風呂。
のんびり~ そして汗がひいていくときの爽やかさ!
だれもいないので、のぞいてみました。
こっちが小さいほうのお風呂です。
小さ~い!! かわいそ~!!
昨夜、風呂から出て気づいた。
本館の裏口のブロックで囲まれた中で、なにか黒いものがグルグル回っていたのだ。
近づいてみると、黒い豆柴犬だった。
私が近づいても気づくふうもなく、グルグルと回り続け、そして驚いたことに、
壁にぶち当たる…
どうしたの?どうしたの?!
思わず手を伸ばして頭を撫でてやるとしばらくじっとしているが、
手を放すとまたグルグルとたよりなくブロックの中を歩きだす。
このこは年寄りで、私の気配を感じることができないのであった。
おそらく耳と目、そして嗅覚が衰えているのであろう。
私は同じ犬種ということもあり、<手白澤ヒュッテ>のあの利発で元気な<クロ>を思い出し、ちょっと胸が痛んだ。
そして今朝は女将さんに引かれて、おぼつかない足取りで表から帰ってきた。
18歳になるんだそうな。名前は<次郎>。
<太郎>と<次郎>がいて、子犬の時からずっと一緒に、
冬は東京の家で、夏はこの宿で、ともに元気に成長したという。
昨年、この宿の近くで太郎が17歳で大往生したあと、
次郎は急激に老化が進んで目が見えなくなり耳が聞こえなくなり、餌も鼻の先まで持っていかないと分からないほど嗅覚も衰え、徘徊状態になってしまったらしい。
鎖をつければからまって怪我をし、つけないとどこかに行ってしまうので、ブロックの囲いの中に入れてやっているのだ。
「散歩に連れていっても、きっと散歩してるってわかっていないでしょう」と、女将さんはおっしゃった。
そんな、生きているのもかそけくなった次郎が、去年太郎が亡くなった場所に連れていったときに…
その場所で…
吠えたそうである。
「肉や魚はミンチにして柔らかな野菜と混ぜてね、冷蔵庫から出したのは少し温めてやってから」
鼻の先まで持っていって食べさせてやるらしい。
「もうそろそろ寿命でしょうが、でも食欲はとてもあるの。胃腸は丈夫なんです」と女将さんは笑いながらおっしゃる。
女将さんがあごの下をなでてやると、女将さんの指はわかるのか、小さく舌を出して指先をなめる仕草をした。
とても可愛がられて太郎とともに長生きをしたことがうかがえる。
このこも、若かりし頃は<クロ>のようにキリリと尻尾を立て、太郎と並んで登山者を出迎え、
頭をなでてもらい、みんなに愛され、
そしてこの宿から出ていくたくさんの登山者を見送ったのであろう。
人間も動物も、老いる。
そして、死ぬ。
悔いなき、一生でありたいものだ。
ここの沢は「ドンドコ沢」という、おもしろい名前の沢である。
もちろんコンクリートの堰があり、がっちりと護岸工事されている。
こういう風景しか見られなくなったのだ。日本では。
お~ おさるさんが猛ダッシュしてる!!
向こう岸には渡りやすくなったことでしょうね。
山の天気はコロコロと変わる。
さっきまではっきり見えていた山の稜線が、あっという間に霧で見えなくなる。
雨に打たれる下草の中に…
あっちにもこっちにも、いろんなキノコが生えていた。
あ、ここにも!
こんなのもある!
次々に見つかって、おもしろ~い!
キノコって不思議。
翌朝、次郎にお別れを言いにいった。
もう二度と会うことはない犬である。
「もうじき太郎と、また遊べるようになるよ。それまでは女将さんと宿の人に、かわいがっておもらいね」
そう心の中で呟いた。
明るいと幾分見えるのかもしれない。
今日の次郎は、見えない目でひっそりとこちらのほうを向き、そして動かなかった。
老いて萎えた足で不自然な形に座り、こちら見るのではなく、こちらを向いているその見えない目と、
この老犬の静かな表情を目に焼きつけて、私は心の中で「さようなら」を言った。
激しい雨が降った。
昼過ぎあたりから、下山してきた人で風呂は満杯のようであった。
「いまから20人来ますが、風呂に入れます?」などという人もいて…
夕食は、献立を変えてくれていた。
周りと違って、私だけ天ぷら。
昨日はヤマメだったが、本日は鮎。
しかし、この写真を見ると… これ鮎? ちょっと違うような気も…
まあ、川魚はそんなに味の違いもないし。
やはりご飯はすごく柔らかくたかれていた。
夕食後外に出ると、夕焼けが美しい。
よかったよ~。
眠くなるまで読書。
今日は納豆と鮭。
大根おろしの味は昨日と変わらず。普通のが好き。
山登りは早いから私が食べ終わるころには、もはや誰もいない。
宿の外の、バス停の周りは車だらけである。
小型のバスに乗るとラジオを流していて、テレビ・ラジオ・携帯のない生活を送っていた私には、3日ぶりの情報である。
「-----大雪山系の遭難に関して、その旅行を企画した旅行会社は、事前に天候・服装・装備等の注意はしてあるので今回の遭難に関する責任はない、とのコメントを出した」というようなニュースがあった。
北海道?大雪山系?遭難?天候・服装・装備の注意?
大雪山系で遭難があったらしいことを初めて知った。
私が経験した、あの天候が急変して50センチ先も見えなくなった3月の旭岳の麓の道…
6月半ばの雪の残る旭岳。あの時の気温は0℃以下だった。
そんな情景が頭に浮かぶと同時に、
タクシーで乗り付けてきた中高年の団体が1列になって雨の中、ぞろぞろと宿を出ていった様をもまた思い出した。
そしてあの、筑波山… 高山病… という会話…
大好きな大雪山系で、遭難事故が起きるなんて…
とても悲しくなる。
山は畏敬の念を持って遠くから眺めていればいい、と思っている私にとっては…
昨今の登山事情は、理解不能の事態である。
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