2012年 11月15~17日

幌加温泉 鹿の谷 覆うもの、皮膜






幌加温泉 鹿の谷





5カ月ぶりの北海道であった。




幌加温泉 鹿の谷





風花が時折舞う道路には雪は積もっておらず、
軽快にぶっ飛ばすすーさんの車の窓から見える黒々とした土の色は、まだ晩秋の趣きである。




幌加温泉 鹿の谷





航空運賃の高い夏の時季は人も多く、もちろん北海道の短いかき入れ時のシーズンで、
当然かき入れモード料金となり、来る気がしない。

だから心の底から寒くなるのをじっと待ちわびている。




幌加温泉 鹿の谷



早く寒くな~れ  
早く安くな~れ  と。

そして待ちに待った鹿の谷であった。

女満別空港に降り立ち、荷物満杯のすーさんの車の後部座席に座った私は、
開放感に満ち満ちて万歳三唱、感涙にむせぶような気分であった。








幌加温泉 鹿の谷

遠いおっぱい山の頂はすでに白くなっていたが、鹿の谷の周辺も雪の気配さえなかった。



幌加温泉 鹿の谷

それでも……

やっと来た来た!

なにせすーさん夫婦は、当初私が驚いた、今は慣れたけど例の北海道民スタイルで、車にあらゆる物を積み込んで移動する。

電気釜に始まり、フライパンに包丁、調味料にカップ麺、クーラーボックスには10日分くらいの食糧、と、リュック1つの私にとっては民族の大移動、キャンプで2週間過ごせるボリュームに思える。

つまり私は手ぶらでOK。



幌加温泉 鹿の谷

ここで3泊4日を過ごすのは初めてのことで、
ゆるやかに流れる時間のことを考えると、
それが実現できたことに、それはすーさん夫婦のおかげでもあり、
そしてなにより女将さんがお元気で宿を続けておられることによるものであり、
それらすべてのことに、深く感謝した。




幌加温泉 鹿の谷

きめこまやかな泡のサッポロクラシック、軽く爽やかで、久しぶりに
あっ! ビールっておいし~い!!

などと思った。







幌加温泉 鹿の谷


幌加温泉 鹿の谷

すーさんの奥さんのみーさんと露天に入る。

外気は予想外に暖かで、風のない空の星の瞬きを見上げると、彼方に北斗七星らしきものを見つけ、
あれが見えると北海道!と秘かに喜ぶ自分がいるのである。







幌加温泉 鹿の谷

翌朝起きて食事部屋に行く途中で「あら?!」という事態が発生した。

これはちょっと、どうなんだろう…

食事部屋でみーさんに朝の挨拶をしてから、コーヒーを淹れようとして。

こりゃダメだ。
片頭痛発症!





幌加温泉 鹿の谷




みーさんの声が、
海の中で響いているようであった。
吐き気を堪えながら部屋に戻る。

片頭痛持ちは常にお守りの如く、即効性のある薬をいつも持ち歩いている。


幌加温泉 鹿の谷

かつその薬は、水なしでも飲めるってタイプね。

私はコートの内ポケットからそれを取り出し布団に横になりながら口に放り込んだ。




幌加温泉 鹿の谷

医者は
「先月は“発作”はありましたか?」って聞くけど、

「私、片頭痛で今日頭痛いわ」ってレベルじゃないのね。そんな生やさしいもんじゃなくて
“発作”よ、“発作”!!  歩いてても道路に横になるしかない、そんな感じね。

それもとびっきりのがきました。









幌加温泉 鹿の谷

この吐き気はおなかに何も入っていなくても吐くかもしれないので、枕元にビニール袋を用意。

その後じっと目をつぶる。

薬が効いてくるまで45~50分。

その時、持ってきていたアールグレイの紅茶の微かなベルガモットの香りを感じ、
それが吐き気を催さず安らかな刺激であったことにホッとして、
しばしの眠りに落ちた。




幌加温泉 鹿の谷

目が覚めたら、落ち着いていた。
やれやれ……

しばらくぶりの北海道、それも鹿の谷。
そのあまりの開放感が、引き起こしたと思えるこの発作。

まあ…… おさまって良かった~~~



幌加温泉 鹿の谷



今回は、開放感が引き金となったのだろう。
それは明らかに心理的な要因であることに違いなく、
しかし仮病でも詐病でもないこの“発作”は、
まるで週明けにおなかが痛くなったり頭痛がしたりする“月曜病”の裏返しのような現象で、
なんと因果な病を持ってしまったことか。






幌加温泉 鹿の谷







雲と霧の中間のようにたなびいて、山々を覆っていくものがある。




幌加温泉 鹿の谷





片頭痛、おさまってしまえば、こっちのもの!みたいにやたらスッキリしたので、
また始まったらまた薬を飲めばいいや、と居直る。

ご飯もおいしくいただく。




幌加温泉 鹿の谷

気温はまだ高く、細かい雨が降り、枝の先に小さな水晶のように水滴が光る。

やがて雨が霙に変わり、そして雪に変わっていくのだろう。




幌加温泉 鹿の谷

それは長い冬の到来を告げる。







幌加温泉 鹿の谷

部屋は暖かい。











幌加温泉 鹿の谷

夜の内湯には、打たせ湯のジャバジャバとした音が響き、
それもやがて気にならなくなると、思索の時が流れる。



幌加温泉 鹿の谷

最低限の電気を付けて。

目をつぶり、時折自分がどこにいるかを確かめるために目を開け、
ここが北海道のほぼ中央近くの、山の中の、1軒宿である事実を思い出し
やがてそんな事実も去っていき、さっき考えていたことが再び浮かんでは消える。



幌加温泉 鹿の谷

小さな婦人風呂はジャバジャバがないから湯音だけだ。

流れるお湯に揺れる体があり、揺れているということを受け止めていればいい。

東京で仕事をしている時に私は、
時々幽体離脱して入りに行く風呂が3カ所ほどある。
ここはその1つだ。

今ここで揺れている体は、東京から幽体離脱してお湯に入っている私なのかもしれない。












幌加温泉 鹿の谷

帰る日の朝、カーテンを開けると、白かった。







幌加温泉 鹿の谷







覆うもの。






幌加温泉 鹿の谷







地表を真っ白く覆う。
薄い被膜のように。

不思議で、美しい、地球の限られた地域でのみ起こる気象現象。






幌加温泉 鹿の谷

私はこれに出合いたかったのだ。





幌加温泉 鹿の谷

私はこれを待ち焦がれていたのだ。





幌加温泉 鹿の谷

なぜこんなに心惹かれるのか分からないけれど。





幌加温泉 鹿の谷

この白い、冷たい、薄い皮膜で覆われた世界には、
すべてを受け入れて、すべてを拒絶するような、なにか確固たるものがあり、
この世界に向かって、歩き続けていきたい衝動に駆られる。






幌加温泉 鹿の谷










幌加温泉 鹿の谷






幌加温泉 鹿の谷






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幌加温泉 鹿の谷







幌加温泉 鹿の谷





次に来る時には……




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同じ風景が迎えてくれるだろうか?




幌加温泉 鹿の谷


       

       
変わらぬ穏やかさで。




幌加温泉 鹿の谷

そうあってほしいと、願った。







幌加温泉 鹿の谷

あと何回見られるだろうか? と思うのは、桜だけではない。











幌加温泉 鹿の谷







雪が降ったりやんだり、積もっていたりいなかったり、の道を
すーさんはぶっ飛ばす。


幌加温泉 鹿の谷

みーさんが足寄の道の駅にソフトクリームがあるかも、と思い出してくれた。

薄いパンプキン?のような色合いのソフトクリームを差し出されて思わず私は
「これバニラ? 何か入ってるの?」と聞いてしまった。
おねーさんは
「バニラです。濃いんです」と、ちょっと得意げであった。

私たちは車の中で
「おいしい」「寒い!」「おいしい」「寒!」を繰り返しながら堪能した。

今回の旅のご馳走はこれだけであったが、これだけで満足だった。







幌加温泉 鹿の谷







すーさんの運転はとても上手だが、凍った道でタイヤがじょりっと横滑りする音がしたりする。










幌加温泉 鹿の谷



女満別空港の周辺は、雪は殆ど降っていなかった。
北海道、少ししか離れていなくても、何と複雑な気象なのだろう。

改めてそう感じた長いドライブで、すーさん夫婦に無事に空港に送ってもらって航空カウンターに。

おねーさんがソソと近寄ってきた。
「東京からの便が雪のため着陸できず羽田に引き返すかもしれません。ご了承いただけますか?」
女満別空港、本数少ないので東京から来た便を折り返すのである。
(つまり、乗るべき飛行機に乗れないことを覚悟せよ、とやんわり言ってるわけ)

雪? この辺降ってないだろが~ 積もってもいないし~

しかし
「はい、分かりました」って言うしかないでしょー。
了承しない!って言ったってあたしのために別便用意してくれんだろー。


よくあるんですよ、このケース。
でもねっ、行いがいいからねっ、いつでもちゃんと飛ぶんですのよ~













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